永久シード権を持ち、様々な改革を行った倉本昌弘選手

プロゴルファー
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1955年生まれ、広島県出身のプロゴルファーが倉本昌弘選手です。
10歳の時よりゴルフを始め、福井康雄氏に師事しています。
非常に小柄な体格であり、筋肉をつけるということを高校生の時に既に始めていました。
後に筋力トレーニングは当たり前となるのですが、当時プロではないアマチュアが、最先端のアメリカの情報を仕入れ、実行するという行動力の高さが実力に繋がっていきます。

大学時代には飛距離を武器に日本学生4連覇を始め、さまざまなアマチュアのタイトルを獲得しました。

1980年には中四国オープンでアマチュアながらプロに打ち勝ち勝利したのですしかしプロテストには不合格と、挫折も味わいました。

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1981年にはプロテストに合格し、和歌山オープンで初勝利を上げます。
1981年には6勝を記録する大活躍を見せ、賞金ランキングでいきなり2位という凄まじい記録を叩き出しました。

その後、1980年代から1990年代にかけて第一線で活躍し、1992年には25勝目を上げて永久シード権を獲得します。
また、行動力の高さは第一人者となってからも変わらず、日本ゴルフツアー機構を立ち上げて改革に乗り出しました。

競技以外の役職もこなす日々が続いたためか成績は一時期落ちますが、後に調子を取り戻し、2006年から2008年にはアメリカのシニアツアー、チャンピオンズツアーに参戦します。

その後は日本国内でのシニアツアーで活躍し、2010年には日本シニアオープンで優勝しました。
生涯獲得賞金は10億円を越えています。

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