杉原輝雄選手は1937年生まれ、大阪府出身のプロゴルファーです。
中学校を卒業した後に寺本金一選手を始めとした複数の人物に師事してゴルフを始めました。1957年にプロに転向します。
1958年の関西オープンゴルフ選手権競技で初優勝を飾ります。
その後数々のトーナメントを制覇しますが、1973年に日本ゴルフツアーのシステムが大きく変わりました。
このシステムが変わる以前に26勝を上げていますが、まだシード権などが存在しない時期の勝利なので、永久シード権には影響を与えませんでした。
賞金ランキングなども1973年以降に出来たシステムですので、賞金王に輝いたことは一度もありません。
しかしシステムが変更されてからのレギュラーツアーで28勝を上げるなど大活躍を見せ、永久シード権を持っていた数少ない選手です。
生涯現役を掲げており、シニアツアーだけでなくレギュラーツアーにも積極的に参加していました。
2006年のつるやオープンゴルフトーナメントでは68歳10ヶ月と最年長で予選通過を果たします。
2010年には中日クラウンズで同一大会に51年連続で出場するという世界新記録を打ち立てました。
国内で金字塔を打ち立てた選手であり、前立腺癌が発見されたにも関わらずゴルフが出来なくなることから手術を拒否したというエピソードから、現役への強い拘りが窺えます。
この前立腺癌が発見されたのは1997年のことです。
そして投薬治療をしつつ10年以上も大会に出場し、2011年、前立腺癌により惜しまれつつも亡くなりました。