オーガスタでの劇的な優勝が印象に残るラリー・マイズ選手

プロゴルファー
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アメリカのジョージア州オーガスタ出身のプロゴルファーであるラリー・マイズ選手は、主にアメリカのゴルフツアーを中心に活躍しており、28歳で迎えた1987年の第51回マスターズトーナメントで、最終日のプレイを終えて3アンダーパーでセベ・バレステロスやグレグ・ノーマンと首位タイに並び、プレーオフの末、優勝したことでとても有名となりました。
プレーオフで見せたショットは、今でも記憶に残る名ショットでしょう。

マイズプロがサンドウェッジで打ったボールは、グリーン手前で2バウンドした後、グリーン上をフックラインで転がり、真ん中からピンに当たってカップインするという奇跡のチップインバーディーによりグリーンジャケットを手にしたのです。

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彼は、地元オーガスタの出身で、10代の前半には、3番ホールのリーダーボード係のボランティアをした経験を持ち、優勝後のインタビューでは、「子どもの時の大きな夢が、今日こうして現実となった。夢は叶う」と喜びを語りました。

その前年に復活優勝を果たしていた帝王ジャック・ニクラスは、この勝利で君は今後の人生の多くの扉を開けていくだろう、とマイズ選手を祝福します。

マイズ選手は、ニクラス選手がグリーンジャケットを着せてあげた最後の人物となるのです。

PGAツアーでは通算4勝(メジャー1勝)しています。

また、日本のゴルフツアーに招待され何度か出場し、中でも1988年の「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」で優勝し、「ダンロップ・フェニックス選手権」では1989年と1990年の2連覇を達成しました。

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