第一線で活躍した後も、女子ゴルフ界の発展のために力を注ぎ続けている水長良子氏は皆が尊敬する大先輩です。
日本女子プロゴルフ協会への入会は1976年6月1日の第20期生となります。
出身校は広島県増川高等学校で、同郷である広島県出身のゴルファーには有名な岡本綾子氏、そして佐伯三貴プ氏などがいます。
戦歴においては優勝こそありませんでしたが、プロに転向してから14年連続でツアーに参加し、賞金ランキング100位以内をキープし続けました。
その間水長氏は、1987年には年間獲得賞金額が自己最高額の800万円を超え、年間平均ストロークでも自己最高をマークします。
そして、1989年には、格式と伝統ある大会であるミズノオープンゴルフトーナメントにおいて自己最高位となる2位タイにくい込みました。
同大会優勝の小林浩美プロ、そして、同じく2位タイの塩谷育代プロといった、そうそうたるプロたちと表彰式で肩を並べるまでに力をつけたのです。
優勝をさらった小林浩美プロは、日本女子プロゴルフ協会会長であり、一方の塩谷育代氏は、その3年後の1992年には賞金女王に輝いています。
しかしながら、水長氏は1990年頃より出場試合数も減り、1997年のトーナメント出場を最後にツアーから退く形となってしまいます。
水長良子はその後、ゴルフ指導者の資質向上を目指し設けられた資格であるティーチングプロフェッショナルの最上級資格A級を取得し、後輩の指導・育成、そして女子ゴルフ界へ貢献活動に尽力し続けています。