渡辺司選手は初勝利まで時間がかかったものの、後に活躍

渡辺司選手は1957年生まれ、7度目の挑戦でやっとプロになれたゴルファーです。
サンケイスポーツでゴルフライターだった渡辺司郎氏を父親に持ち、高校まで本人は野球を行っていました。
日大一高時代の1973年には春、夏の甲子園に出場という経歴を持っています。
17歳の時からゴルフを始め、高校卒業後はプロを目指すものの、なかなかプロテストに合格することが出来ませんでした。

毎年受け続け、1981年に7度目の挑戦でプロテストに合格します。
その後は青木功選手に師事し、1982年のダンロップ国際オープンでツアーデビューを果たしました。

同時期に同姓同名の選手がいたため、混乱防止のために改名を要求されたというエピソードがあります。
結局、もう一人の渡辺司選手は表舞台に出てくることが少なくなったので改名は行っていません。

デビュー後はレギュラーツアーで安定した活躍を見せましたが、優勝になかなか手が届きませんでした。
万年2位男と呼ばれていたこともあります。

しかし1993年のダイワインターナショナルでレギュラーツアー初優勝を達成し、同年には他の大会でも活躍し、賞金ランキングで5位を記録しています。1994年のよみうりオープンでも優勝しており、レギュラーツアー通算2勝を達成しました。

2007年からはシニアツアーに参戦しています。翌年には日本プロゴルフシニア選手権大会と富士フイルムシニアで二勝を達成しました。

その後日本シニアオープンゴルフ選手権競技で勝利、2013年には日本プロゴルフシニア選手権大会で二度目の優勝を上げています。

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カテゴリー:プロゴルファー

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