大町昭義選手は若手の育成や解説で有名なゴルファー

大町昭義選手は1958年生まれ、群馬県出身のプロゴルファーです。
青木功プロが師匠であり、1983年にプロテストに合格しました。
フォーラムエンジニアリングに所属していますが、自らがトーナメントに出場することはほとんどありません。
プロになった1980年代にツアーで最も活躍した時期です。
1986年の静岡オープンでレギュラーツアー初優勝を果たします。

1989年にはミズノオープンとゴルフ日本シリーズで優勝しました。
そして1991年には全日空オープンで優勝、この4勝がレギュラーツアーでの通算成績です。

レギュラーツアー以外も含めるなら、1986年のハワイパールオープン、1989年のかながわオープンでも優勝しています。
この年は賞金ランキングで10位につける等、大活躍でした。

1991年以降もコンスタントに競技に出場しています。
優勝こそありませんでしたが堅実に賞金を稼いでいました。1996年までは多くのトーナメントに出場しています。

しかし、1997年以降は出場そのものが少なくなっていき、1998年には2大会に出場しただけ、1999年の出場は1大会のみです。
この1999年のNST新潟オープンゴルフ選手権競技を最後に、レギュラーツアーには参戦していません。

試合数が少なくなった頃から、後輩ゴルファーを育てること、そしてゴルフの解説などに軸足を移しています。

太平洋クラブゴルフアカデミーの校長であり、後進の育成に力を入れているので、大町昭義選手自身のプレーが再び見られる可能性は少ないでしょう。

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カテゴリー:プロゴルファー

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